偽装取引?(その1)

 
「先ほど□△サプライさんから、4月末に入金予定していた分に未入金があるという電話がありました」
 
 買掛金担当のフジノ主任から報告があった。
 
「なにそれ、ウチからの支払がされてないってこと? 買掛金の残高は?」
 
「該当する買掛金はありません。請求書もありません」
 
「期日違いではなく、該当する仕入もこちらでは判らんということか。担当は誰だよ?」
 
「先方に確認中です」
 
「できれば注文書のコピーがあるといいな。発注段階まで戻って調べてくれる?」
 
「はい」
 
 
 
 ここで、ちょっとだけ、仕入〜代金決済までの標準的な流れをおさらいしてみよう。
 
 
 
1.売主と買主の合意(数量、単価、納期、代金決済条件など)。
 
2.買主→売主へ注文。
 
3.売主→買主へ納品(債権債務を認識)。
 
4.買主→売主へ支払(買掛債務の履行)。
 
 
 
 通常、「支払われていない」というのは、1〜3までのステップをきちんと踏んだうえで、予定通りに支払がなされていないということだ。原因は、注文の際に、代金決済条件についてお互いにしっかりと合意の確認がなされていないことなどが考えられる。

 たとえば、「(20日締め)翌月末の現金払い」と、「(月末締め)翌月末の現金払い」のように、締め切り日の認識に食い違いが生じている場合のN月22日に納品・検収された品物の支払について考えてみよう。
 
 20日締めの場合は(N+2)月末に支払うことになるのだが、月末締めの場合だと(N+1)月末に支払うことになり、支払時期が1ヶ月もズレてしまう。
 
 当社の支払い条件は、「20日締めの翌月末支払(原則手形で金額一定未満の場合は現金)」が標準である。このため、先方が「先月末に入金されていません」と、支払期日を1ヶ月勘違いして問い合わせてくることが多い。注文書を確認してくれればわかることなんだけどね。
 
 
 
 もちろん、相手のあることなので、標準ではない対応をするときもある。そんなことは事前にしっかりと先方と取り決めたうえでの「特例」条件による支払として予め定められた手順に則り、「標準」のものとは異なる取り扱いをする。
  
 経理が独自の判断で支払時期をコントロールするとか? まさか、そんなことはありえない。前もって設定されている手順に則り、要件を満たしているものについて淡々と支払をこなしていくだけだ。一切のの感情を差し挟まず、何の恣意も作為もない。決められたとおりのことをする。それだけ。支払がなされていないのは、そのためにそろえているべき要件を満たしていないからだ。
 
 とはいえ、個別に、「この仕入先は前倒しで支払うことになっているのでは?」などというのもある。過去の経験に照らし合わせて、「このまま標準の取扱でいいの? 特例だったんじゃないの?」と、問い合わせる場合もあるが、事情を察してあげて経理サイドで勝手に取扱を変更するようなことはない。あくまで「確認の問合せをする」のみだ。
 
「これは特例扱いしなくちゃいけない相手じゃなかったっけ?」と思っても、書類一式のどこを見てもそのような記載のない場合に、経理サイドが勝手に判断して支払方法を変えたりということはしない。あくまで仕入れの現場の依頼に基づいた正しい手順を踏んでいなければならないことなのだ。そういうルールなのだから。
 
「これでよかったっけ?」と、仕入サイドの担当者に問い合わせること自体がルールにはないことなので、形式上は仕入サイドから経理に対して特例の支払を依頼するというアクションを起こしたことになっている。なので、経理が気づいていたとしても、それを仕入サイドの担当者に伝えないこともある。
 
 伝えなければ、誰も何も気づかなかったのと同じ扱い=書類に記載されているとおりの処理をするだけだ。気づかなかったからといって咎められることはない。決められたルールに則って処理してどこが悪いのだ? ってゆーか、経理がルールを逸脱してはいかんだろ? ということだ。
 
経理仕入サイドの意向を無視して支払い条件を勝手に変えて操作したらまずいでしょ? やっぱり、ちゃんと書類に記載してあるとおりの現場の依頼に基づいて処理しませんと」
 
 この場面において、仕入担当者に対する経理担当者の個人的な「好き嫌い」や「えこひいき」が反映されているかもしれない可能性については、敢えて触れずにおこう。オトナだからね。
 
 
 
仕入データにも、その前段階の発注データにも、該当するものはありませんでした」
 
 
 
「てことは、当社としては『心当たりがない』ってことだよね?」
 
「はい。しかし、先方から発注書の写しがFAXされてきました」
 
「なんだそれ? ホントにウチの発注書か? 偽造じゃないの?」
 
「それが、先方の書式に、当社の印鑑を押した発注書なんですよ」
 
 
 
 おいおい、当社の発注データには載っていない「注文書」が出てきたぞ。
 
 
 
「で、発注元は当社のどこになってるんだ?」
 
「大阪支店です。ナカムラ支店長の記名印が押されています」
 
「発注日はいつ?」
 
「2月10日発注で、納期は2月28日指定になっています」
 
「3月20日の締め分で、4月末の支払ってことか……」
 
「はい」
 
 
 
 いずれにしても、それが本当に当社が行なった正当な取引であるならば、きちんとルールに則って処理しなくてはならない。
 
 
 
「そのコピーを大阪のナカムラ支店長あてに送っといて」
 
「はい」
 
「で、送り状に、こう書いといて」
 ↓
『2月分の仕入にかんする4月末の支払予定が未払いであると仕入先から問合せがありました。先方から発注書の写しが送られてきましたが、本社の発注データには存在していません。本当に仕入が行なわれたものであるかどうか事実関係を調査のうえ、しかるべき処理をお願いいたします』
 
「ニセモノじゃないの?ってことですか?」
 
「そう。それから、これも書いといて」
 ↓
『仮に仕入れが本当に行われたとしても、3月決算処理は既に終了していますので2月分の仕入れとして扱うことはできません。20日までに仕入れの処理をしていただければ5月の締め切りに間に合いますので、6月末での支払が可能となります』
 
「特別扱いはしないということですね?」
 
「そう。きちんと筋目を通してくださいね、ってこと」
 
「なんとか5月で支払ってくれないか?って、言ってきませんかね?」
 
「言ってくると思うよ」
 
「どうするんですか?」
 
「どうしようかねえ?」
 
 
 
※この話はフィクションです。実在の人物・団体などとは一切カンケーありません。