6/08の即興ダイアリー

 
 会社帰りに乗り込んだ地下鉄の車内は予想外に混雑していた。ふだんと変わらない時間帯だというのに。
 
 吊革はすでに全部が埋まっていて車両の奥まで進むことができない。しかたがないのでドア付近にとどまっていた。
 
 天井には空調の吹き出し口があったが冷房はオフになっていて常温の風が頭上を行ったり来たりしている。
 
 カバンから文庫本を取り出して読めるスペースが確保できないので読書を諦めて車内の中吊り広告を見るぐらいしかやることがないのだが、肝心の中吊り広告が下がっていなくて、それすらかなわない。
 
 自分が立っているところから左に向かって2人ほどを間にはさんで吊革につかまっている女の人と目が合った。
 
 見た目の年齢は35〜6歳か。耳にかかるかかからないかくらいに短く切った髪の後ろから見えるうなじがほっそりと白い。私は正面から彼女の顔を見ていた。
 
 色白で肌理の細かい柔らかそうな小振りな顔立ち。きつく感じない程度の控えめな化粧に華奢なつくりのメガネがよく似合っている。
 
 私が立っている場所は彼女から見て4時の方向だ。本来ならば彼女の顔を正面から見られる位置ではない。にもかかわらず、こちらに顔を向けている理由は何だ?
 
 彼女は左の手で吊革につかまり、時計回り方向に身体をねじって立っていた。素直に前を向いていれば正面にあるはずの窓に向かって左の脇腹を見せるように。
 
 顔をそむけているようにも見える……。何から?
 
 彼女が背を向けているすぐ左隣には、ひとりの男性客が立っていた。
 
 その男性というのが――