健康保険証に新設された「臓器提供の意思表示欄」の罠

 
 この7月1日付けで健康保険証が更新された。
 
 人事部から新しい保険証を先に受け取ったので旧保険証を返却しなければならないのだが、返却前に両方を見比べてみることにした。どこか変わったところはないだろうか?
  
 まず、わかりやすいところでは、パッと見たときの見た目が違う。カードの色が変わっているのだ。以前の保険証は薄青色だが、今度のは薄緑色だ。ほかに変わったところといえば交付日くらいか?
 
 変わったのは色だけかと思って裏をひっくり返してみた。裏面もかなり変わっている。注意事項につづいて住所を書く欄があるのだが、そのスペースがちょっと上の方に詰めてある。
 
 注意事項やら住所記入欄やらが上の方に詰めてあるということは、その下にあいたスペースができるはず。あいたスペースには新たに「臓器提供の意思表示欄」が設けられていた。
 
「臓器提供の意思表示って、必ず書かなきゃいけないの?」と、人事部の担当者にたずねると、彼は、
 
「臓器提供の意思表示につきましては、記入を強制するものではありませんで、ご自身の意思に基づき対応してください。(未記入でも構いません)」と書いた健保組合の通知文を見せてくれた。
 
 なるほど、狙いはそこ(←どこ?)ですか。
 
「記入を強制するものではありません(未記入でも構いません)」と、そう書いておけば記入しないままの人が一定数、必ず確保できるというわけだ。
 
 
 
 臓器提供の意思表示にかんするトリックがここにある。
 
 
 
 一昨年の臓器移植法改正で、臓器提供にかんして「意思表示をしていない人」の取扱いが180度変わったのだが、その意味するところが多くの人には知られていないのではなかろうか?
 
 臓器提供にかんして「意思表示をしていない人」というのは、「提供します」とも「提供しません」とも回答しない、無回答の人だ。無関心な人であるかもしれない。
 
 改正前は、「提供します」と意思表示した人からのみ臓器提供を受けることができた。「提供しません」と意思表示した人と無回答の人からは臓器提供を受けることができないことになっていた。
 
 ところが、改正後は、「提供します」と意思表示した人に加え、無回答の人からも(家族の同意が得られれば)臓器提供を受けることができるようになったのだ。この違いは大きい。
 
 確かな数字ではないけれど、改正前に臓器提供にかんして何らかの意思表示をしていた人の割合を、全体のだいたい2割程度だったと仮定しよう。意思表示した人のうち「Yes」と「No」の割合が半々だったとすると、当時、移植のために臓器を摘出可能な人は全体の1割程度しかいなかったことになる。
 
 ところが改正後は、「No」と意思表示していない人からだったら(家族の同意が得られれば)臓器提供を受けることが可能になった。意思表示した人の割合が変わっていないとするならば、9割の人から臓器を取り出せちゃうようになったんだね。
 
 まあ、改正後に意思表示する人の割合がいくらか増えたとはいえ、それは「No」の人なのではないかと私は見ている。「Yesと言ってないのに臓器を取られるのはイヤだ」と考えた人たちだ。それが全体の約1割程度かな?
 
 となると、「Yes」と答えた1割とプラス「無回答」7割の合計8割の人から臓器提供を受けることができるようになる。臓器を取っちゃいけないのは「No」と答えた2割だけ。
 
 仮に、「Yes」か「No」の必ずどちらかを選ばなければならないとした場合、おそらく両者の割合は半々くらいになるんじゃないだろうか?なんてことを考えると、むしろ「無回答」の人が多い方が臓器移植を推進したい立場の人たちにとっては都合がいいはず。ちがうかな?
 
 
 
 というように考えてみれば、「記入を強制するものではありません(未記入でも構いません)」という説明は、記入を促すというよりも、むしろ未記入のままにしておくことを奨励しているかのようにも見えてしまう。
 
 臓器提供の意思表示欄が新たに設けられたのは健康保険証だけはない。運転免許証にも同じように設けられ、順次切り替わっていくようになっている。次回の免許証更新のときに受け取る免許証には臓器提供の意思表示欄があるはずだ。
 
 意思表示欄が未記入の免許証を所持しているあなたがクルマを運転中に、不幸にして交通事故に遭ってしまったとしよう。あなたは頭を強く打ち、脳に重大なダメージを負った。脳死状態になる可能性が極めて高いと判断されるそのときに、あなたの運転免許証は、あなたの身元を特定するためだけに存在するのではない。
 
「この方、臓器提供の意思表示欄が未記入ですね」
 
「よし、家族に連絡して臓器提供の同意を得てしまおう」
 
 
 
 こういうことは、なるべくなら人には知られたくないのが彼ら(←だれ?)の本音であるはずだ。
 
 
 
※私は臓器移植そのものに異を唱えようとしているのではありません。ハッキリと意思表示していない人に意思表示させないまま、このような「だまし討ち」にも似た手口で臓器を提供させてしまおうという、彼らのその根性に疑問を感じているのです。