新年度を迎えるたびに思い出す二・三の事がら

 
 世間では本日4月2日からが新年度が始まったことになっている。新入社員を迎えた会社も多くあることだろう。私の勤務先もそのひとつ。朝っぱらから入社式が厳かに行なわれたようだ。総務&人事の部長以下全員が出払っていたからね。
 
 いっぽう、我われ経理といえば、新年度って何ぞ?といった感じでいる。我われのカレンダーは未だに3月のままだ。少なくとも向こう一週間くらいはね。
 
 なぜって? 決算だからさ。
 
 3月決算の会社の場合、事業活動を4月1日から3月末までの1年間で区切り、1年間にどれだけ儲かったか(または損したか)を取りまとめている。ゴルフは、スコアを自分でつけるスポーツだが、会社の経理は、それに似ているかもしれない。自分の会社の成績を自分でつけるという点で。
 
 3月までの1年間の事業活動の成果は3月の月末が明けてみないとわからない。から、4月のアタマにおける、我われ経理マンのアタマの中は未だに3月のままなのだ。
 
 3月のままのアタマで、いろんなことを考える。
 
 決算処理に必要な資料を揃えることもそのひとつ。これは、経理だけで何とかできるものもあれば、社内の他部署に協力してもらわないとならないものもある。場合によっては、取引先ほか、社外の関係先にお願いするものだってある。連結決算を行っている場合だと、連結子会社や連結親会社と歩調を合わせることも欠かせない。
 
 並行して、4月の日常はカレンダーどおりに進行していく。経費精算や入出金は待っていてはくれない。4月の経理マンは忙しいのだ。
 
 
 
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 私は、社会人としての大半を経理マンとして過ごしてきた。そこそこ経験を積んで法人税の申告書作成を任せられるようになったのは今から20年くらい前のことなのだが、その頃話をしてみよう。ちょいと覗き見たところ、仕事に直接かかわりがなさそうでありそうな微妙な話です。
 
 法人税の税金計算とは、会社が1年間でどれだけ儲かったかの「儲け」に対して支払わされる税金の計算なんだが、たとえば預金の利子などから差引かれた税金は、「すでに前払いしてある」ものとしてカウントすることができるとされている。
 
 これは、イザ税金を支払わされる際に、支払うべき税金の額から、前払いしてある税金の額を差引いた残りを支払えばよいということだ。たとえば、
 
 仮に、1000万円儲かったとして、その30%の300万円を税金として支払う場合、前払いしてある額が100万円あったとすれば、残りの200万円を支払えばよいということになる。
 
 これには、前払いしてある税金のうちに外国での儲けに対して外国で支払った税金が含まれている場合も含まれていて、どこにいくら税金を支払ったのか、支払った税金の領収書などの証拠書類を添えて税務署に申告することになっている。
 
 当時、私が勤めていた会社はアメリカに現地法人(子会社)を持っていて、子会社に対する貸付金の利息収入が相当額あった。アメリカの現地法人から受け取る利息収入は、アメリカで発生したものとしてアメリカで課税され、アメリカに支払わされる税金を差引かれて送金されてきた。
 
 さっきの例に当てはめてみると、1000万円の儲けのうち、アメリ現地法人から受け取る利息収入が200万円あったとし、アメリカで25%にあたる50万円を税金として支払わされていたとするならば、これも支払う税金の額から差引くことができるというわけだ。
 
 つまり、1000万円の儲けに対する30%の300万円を税金として支払う場合に、日本国内で前払いした100万円とアメリカで前払いした50万円を合計した150万円を差引いて、残りの150万円を支払えばよいということになる。これは非常に重要なことで、これをうっかり見落として余分な税金を支払わされたりしないように充分に注意しなくてはならなかった。
 
 その際、前払いしてある税金があることを証明するために、貸付金の利息を本社に送金した際の税金計算書と、アメリカに税金を支払った領収書を取り寄せる必要があったのだが、当時は便利なインターネットがまだ普及する前のことだったので、主要な通信手段は電話かFAXに頼っていた。
 
 電話は、こっちの深夜が向こうの早朝、向こうの深夜がこっちの早朝という具合で不便だったので、確実に伝えたければFAXを利用することにしていた。向こうには経理の先輩ほか日本人スタッフがいるので、日本語で書かれたFAXだったら確実に伝わるだろうし。
 
 というわけで、A4のFAXレターヘッドに手書きの「利息にかかったアメリカ源泉税の領収書を送ってください」というメッセージをアメリ現地法人にあてて送信したことが、意外なところに波及しちゃったりしたのでした。
 
 
 
 翌朝、アメリ現地法人に赴任している経理部の先輩から、こんな返事がきた。
 
 
 
「××常務(←親会社から派遣されている現地法人の社長)が、おまえが送ってきたFAXを気に入っちゃって、これから毎週何か書いて送れと言っている」
 
 なんだ、それ――?
 
「こっちは日本語の文章に飢えていて、おまえが送ってきたFAXをみんなでまわし読みしているよ、おまえの文章が面白いといって、みんな喜んでいる」
 
 用件だけじゃ味気ないと思って、本社近くにある増上寺の桜のつぼみが膨らんできたとか、どこそこの和菓子屋の店頭では桜餅に代えて柏餅が目立つようになったとか、どーでもいい近況みたいなものを書いてみたのが「当たった」らしい。それで現地法人のみんなが喜んでくれたということは、私にとっては「どーでもいいこと」が、他の誰かの役に立ったということだ。喜ばしいことではないか。
 
 
 
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 これには後日談があって、後に××常務が専務として本社に戻ってきた際に、わざわざ経理部の私のところまで、
 
「キミがキタガワくんか、毎週、キミからのFAXを楽しみにしていたんだよ」といって、顔を見に来てくれたんですよ。すげーって思ったぜ。まわりもビックリ。私の名札に色がついた瞬間ですね。
 
 しかし、そのチャンス(?)を上手に生かしたんだか生かせなかったんだかわからないあたりに、私の私らしいところがあると思っています。むふふ。