エルボー

 
 半袖を着る季節になるとカツコママのことを思い出す。20歳代の頃、2〜3週に1度くらいの割合で飲みに行っていたお店のママだ。彼女は、
 
「ヒジが黒い女はダメよ」と、言っていた。
 
 ヒジが黒いって?
 
「あんた、ちょっと後ろ向いて立ってごらん」
 
 こうですか?
 
「自然に気をつけをして……、ここんところね」
 
 ヒジを曲げたときに関節の外側の骨が出っ張る部分を突っつきながら彼女が言うには、
 
「ここはね、自分では直接確かめにくい場所なの」
 
 ほら、自分でそこを見ようとすると、ヒジを深く曲げないと見えないでしょ? 見えてるところはシワがピンと伸びてツルんとしてない? 触るともっとよくわかるけど、今度はヒジを伸ばしてごらんなさい。どうなってる?
 
「なんか、タルタルしてますね」
 
「皮が集まってタルんでるでしょ?」
 
 触ったときの肌の感触はわかっても、そこがどうなってるか自分の目では直接確かめられない。だから、お手入れが疎かになりがちなのよ。
 
「お手入れ?」
 
「そうよ、きちんとお手入れしてないとヒジの関節が黒ずんじゃって、みっともないものよ」
 
 まだ若いうちは新陳代謝が激しいから肌が乾燥していないし角質化も進んでいないけど、年齢が上がってきてからはそうもいかなくなってくるのよ。
 
「ぼくのヒジは黒くなってないですか?」
 
「どれ?……あんたはまだ若いから……、その歳でヒジが黒いようじゃダメよ」
 
 
 
 その後、ヒジが黒いのと×××が黒いのとでは、どっちが許せるか?みたいな方向に話が進んだかどうかは記憶が定かではない。
 
 しかし、「ヒジの黒い女は……」にかんする部分だけは今でもしっかり覚えていて、道を歩いているときに前を行く女の人のヒジに目がいくことがある。
 
 だからといって、ひじフェチだなんてことはないんだけどね。ぜんぜん。