クロサキさんの商談

 
クロサキさんたら、今度はマレーシア?」
 
「なに、また旅行……もとい、出張?」
 
「いいえ、接待費の精算書です」
 
接待費?」
 
「マレーシアのナンタラ社の社長を六本木で接待してます」
 
「どれどれ……カンタラ電子のホニャララ製品をマレーシアに輸出?」
 
「ナンタラ社がそれをマレーシアで独占販売したいと……」
 
「ウチがカンタラ電子から買って輸出するつもりなのかな?」
 
「そういえば、先日L/Cの期限がどうのこうのって言ってましたよね」
 
「言ってた言ってた」
 
 
 
 L/Cとは、平たくいえば貿易取引の際の代金決済に広く用いられている「信用状」のことだ。輸入者は自国の銀行に信用状を発行してもらう。信用状には、貿易品の数量や価格などが記載されている。これを受け取った輸出者は貿易品を船積み後、その船積み証券と信用状を輸出国の銀行に呈示する。そのとき、信用状と船積み証券の記載内容が合致していれ輸出者は銀行から立替払いにより代金を受け取ることができる。輸入者が自国銀行から融資を受けると考えればよい。
 
 
 
「たしか、ウチがナンタラ社から受注してからカンタラ電子に発注かけて、そこから製造開始するんだけど、基本契約書の受発注条件(案)が受注時にナンタラ社から期限が90日のL/Cを受け取ることになっているのにカンタラ電子の出荷時期が受注後120日かかってしまう。で、どうしたらいいかって相談を受けたんだよな?」
 
「そうでした、それで、『だったらL/Cの期限を120日にしてもらえばいいじゃん?』ってお返事なさってましたよね」
 
「そうそう、120日でヤバいと思ったら、150日にしときゃ安全だろ?って言った言った」
 
 
 
 どうやら、カンタラ電子と当社とが協力して、来日した相手の社長を接待したのだろう。精算書の報告事項には先方が示したオドロキの条件が記載されていた。
 
 
 
「ナンタラ社が30%のマージンを要求していますね」
 
「ナンタラ社はマレーシアでの輸入仲介だったよな」
 
「そうです、購入者はナンタラ社ではありません」
 
「独占輸入仲介で在庫リスクもなしにマージン30%って高すぎだろ? ウチでそんなに粗利とれんのかよ?」
 
「1000万円で売れたとして、30%もマージン抜かれたら手取りは700万円ですね。700万円で仕入れたとしてもトントンです。輸出に係わる輸送費その他のコストを考えると赤字です」
 
「カンタラ電子からの仕入れは600万円が限度だろうな。それより安く仕入れることができるのか?」
 
「まず無理でしょう。他に競合がなくて、どうしてもカンタラのものが欲しいとなれば、多少高くても買ってくれるかもしれませんが、他社競合があったら厳しいでしょうね」
 
「だよな。他社競合あるのかな?」
 
「他社製品で700万円の機種に引き合いがあるようですね。この価格で勝負すると手取りが490万円で製造原価割れって書いてあります」
 
「うわ、ダメじゃん、それじゃ」
 
「ただし、性能面ではカンタラ製が有利なので、あくまで1000万円でいくつもりみたいですよ」
 
「それでも価格差ありすぎるだろ。いくらかのディスカウントは必至だよな」
 
「10%引きくらいは覚悟しないとならないみたいですね」
 
「900万円からマージン30%抜かれたら630万円か……ビミョーだな」
 
「ですね……」
 
「マージン30%とか言ってるのを蹴って、せいぜい10%くらいになんねーのかな?」
 
「5%くらいからスタートして6、7、8と譲歩したうえで、さらに『大幅に』譲歩して10%くらいで最終的には決着」
 
「まあ、12〜3%くらいでも何とか採算をキープする、みたいな?」
 
「でも……、クロサキさんですからね……」
 
「そーなんだよなあ……、そんな知恵、ねーだろーなあ……」
 
クロサキさんですからねえ……」
 
「まさか、高すぎるマージンの一部をバックしてもらってるとか?」
 
「まさか……」
 
「だよなー」
 
クロサキさんですからねえ……」
 
 
 
※このお話はフィクションです。実在の人物・団体・法人・国家などには一切カンケーないはずです。