石の種

 
「彫像は既に石の中にあった。自分はただそれを掘り出したにすぎない」
 
 
 
 大が3つも4つも5つもつく巨匠、ミケランジェロがそう言ったとか言わなかったとかいう前置きはともかく、クラス全員に1辺25センチ角くらいの大きさのサイコロみたいな軽石の塊と、極太のマイナスドライバーみたいなノミが配られたのはある日の美術の授業でのこと。
 
「キミたちも、石の中から○○を掘り出しなさい」
 
 石が配られているときに、そんなようなことを美術教師が言っていたような気がするのだが、たぶん私はひとの話をちゃんと聞いていなかったにちがいない。
 
 まあ、あれだ、「恐竜化石発掘キット」みたいなもので、あらかじめこの石の中に何かが埋め込まれていて、このノミでガリガリ削っていけばそいつが出てくるから、出てきたそいつにキズをつけないように慎重に取り出してやればいいんだろ? ちょろいもんじゃん。
 
 
 
 ガリガリガリガリガリガリガリガリ……。
 
 
 
 まず、手始めに一方の角から「何か」にブチ当たるまで削っていくことにした。削れていく面の様子に注意を払いながら慎重に、かつ、速やかに、そして大胆に。石は思った以上に軟らかくて、どんどん削れていく。これは中に埋もれているモノの発見もあんがい早そうではないか。何が出てくるのか楽しみだ。
 
 周囲を見回すと、早くも埋まっていたナニモノかにブチ当たり、ただ掘り進むだけの削り出しから取り出し作業へと切り替える者も出始めたようだ。牛だか馬だか犬だか猫だか豚だか何だかわからないが何やら四つ足のケモノらしきものを大事そうに掘り出そうとしている者や、どこかの部族の宗教的儀式にでも使うような不気味な仮面らしきものなど、比較的大きなものが表面から浅い部分にでも埋まっていたのだろう。
 
 みんなが削っている石から出てくるものが不細工なものばかりであるのを見るにつけ、みんなの石の中には不細工なものばかり埋まっているものだなあと思いながら、私も自分の石に集中する。しかし、削れど削れど私の石の中からは、まだ何も出てくる気配がない。
 
 
 
 ガリガリガリガリガリガリガリガリ……。
 
 
 
 何も出てこないまま、そろそろ石の一方の角から半分近くまで削ってきたのだが、未だに「当たり」が出てこない。気づくとまだ埋まっているモノに当たっていないのは、どうやら私ひとりになってしまったようだ。ちょっと焦る気持ちがないでもないが、出てこないのだからどうしようもない。何かが出てくるまでこのまま削りつづける他に道はないのだ。
 
 もしかして、じつは私の石には「中身」が中心にではなく一方に偏って埋まっていて、私はその反対側の、何も埋まっていないところを一生懸命削っているのではないか?と閃いたのは、クラスの半分くらいが完全に中身を石から分離した「完成品」を取り出し終えようとしていたころだ。
 
 ならば話は早い、反対側から削ればいいだけのことだ。決断してからの私の行動は早かった。今度はさっきまでよりもペースを上げて削っていこう。

 
 
 
 ガリガリガリガリガリガリガリガリ……。
 
 
 
 おいおいマジかよ、まだ出てこないぞ。そろそろ何か出てきてもいいんじゃないのか?
 
 私は少々焦っていた。なぜならクラスのみんなのほとんどが、石に埋まっていた中身を石から完全に分離して、それぞれ各自の作品として名前をつけたりし始めていたからだ。埋まっているモノを取り出すどころか、それに当たっていないのは私ひとりだけ。完全に出遅れてしまっている。
 
 さらにペースを上げて削りに削る。ちょっとくらい中身にキズをつけたってかまうものか。とにかく何でもいいから掘り出さなければ格好がつかない。早く出て来い!
 
 
 
 ガリガリガリガリガリガリガリガリ……。
 
 
 
 削っても削っても何も出てこない。ひょっとして私に割り当てられたこの石は、中に何も埋まっていない「ハズレ」の石だったのではないか?という思いが頭をもたげる一方で、そんなはずはないとの思いも交差する。焦る気持ちのまま、私はひたすら石を削った。
 
「早く出てきてくれ!」
 
 たったひとつ、それだけを願って。
 
 
 
 ガリガリガリガリガリガリガリガリ……。
 
 
 
 私の石は、ついにはチビた消しゴムくらいの大きさになるまで削られて、それでも何も出てはこなかった。
 
 もう、これ以上削っても何も出てこないだろうと私はいよいよ覚悟を決め、提出するための名札に作品名を書き込んだ。
 
 
 
「石の種」
 
 
 
 翌週から、私は美術の授業時間に、ひとりでスケッチブックを持って風景を写生したり、図書館の美術図鑑の模写をするなど、「自習」していてよいことになった。