台風は気合で乗り切れるものなのか?

 
「ちょっとアンタ、化粧もせんとそのまま出かけるつもりなんか?」
 
「しゃーないやん、今日は台風来てんねんから化粧なんかしたってビッショビショになってすぐに落ちてしまうやん」
 
「そんなんゆうたかて、アンタ女の子やろ? 髪の毛くらいちゃんとしなさいよ」
 
「髪の毛? そんなもんセットしたかて、外に出た瞬間、2秒でボサボサになってまうやん、やるだけムダやって」
 
「それにしたって、そんな寝起きみたいな顔したまんまで……、なんやねん、そのヨレヨレのジーパンは?」
 
「しゃーからさっきから何度も台風からしゃーないんやってゆうてるやん? あ、そや、メガネメガネ……」
 
「コンタクトしていかへんの?」
 
「コンタクトは持っていって、むこう着いたらつけるからええねん……なあ、メガネ知らん?」
 
「メガネ知らん?って、アンタのメガネ、そこにあるやん」
 
「それまだ新しいのんやんか、それとちゃうねん、古いやつやねん」
 
「古いやつって、そんなん言われても、おかーちゃんかってよう知らんがな、アンタのもんやないの」
 
「これこれあったあった、ほんでこのメガネかけて……と、さすがにこれはやっぱダサいかなあ?」
 
「ダサいかって? そらまあ、そんなカッコしてたら声かけようゆう気ィにはならんやろな」
 
「あははー、そらええわ」
 
「それにしても別人やな」
 
「それはもうスッピンですから」
 
「まつ毛とマスカラしてないだけで、えらいおとなしい子ぉに見えるわ」
 
「なんやねんそれwww ふだんぜんぜんおとなしくないみたいやん」
 
「そらそーや、いつもの目ヂカラどこにもないもん、どこのお嬢さんですか?ゆう感じやで」
 
「ホンマの私は清純派でございますからwww」
 
「どこの清純派やねん、ようゆうわwww」
 
「ひっどーい、実の娘にむかってなんちゅう言い方すんねん」
 
「そういうセリフは、ふだんの行いを振り返ってよう考えてから言いなさい」
 
「そらそーや、ほな、行ってきます!」
 
「行ってらっしゃい、気ィつけてや」
 
 
 
 今日のアタシは、いつものアタシじゃない。いつものアタシを見慣れている人の目には、たぶん別人に見えてるはず。スッピン・ノーメイク、髪もテキトーに櫛を入れてきただけ、服だってビショ濡れになっても惜しくないようなダッサいポロシャツとジーパン。クツもそう、くたびれたスニーカーでええねん。今日は台風の日やから。オシャレなもんを身につけて濡れたりしたらモッタイナイもん。
 
 
 
 こんな日は電車が遅れることがあるからと、いつもより早めの時間に家を出る。駅についてみると、やっぱりダイヤが少々遅れ気味になってるらしい。メガネについた水滴が気になるけれど、レンズが曇ったりして視界のジャマにならないくらいなので放置する。拭いたって、すぐまた濡れるやろうしね。
 
 ホームで周りを見回してみると、いつもの知った顔ぶれとはちょっと違っているのに気づいた。ふだんのアタシが乗っている電車よりも2〜3本早い時間帯の電車に乗っている人たちのようだ。ふーん……。
 
 あ、あそこにちょっとカッコええ人いてるやん、近づいてみよかな……、でも、今日のカッコじゃ、ちょっと気が引けるかも……。ダサダサやもんな。どうしようかな……。
 
 そうや、今日のアタシは別人なんやもん、そばに近づいて、様子みて、ほんで明日の朝、いつものアタシに戻って、さりげなく話しかけられるチャンスつくったらええのんやんか。もしかして、アタシ、天才ちゃう?
 
 よぉし、カレといっしょの電車に乗って、すぐ近くまで行って、カレのことガン見したるねん。
 
 
 
「上り急行電車がまいります、白線の後ろにさがってお待ちください」
 
 電車来た!
 
「降りる方が先になります、ドアの前を広くあけてお待ちください」
 
 よっしゃ、うまいことカレのバックについたでえ、このままピッタリくっついて電車に乗るんや。
 
「ご乗車になりましたら、ドアの前に立ち止まらずに車両の奥までお進みください」
 
 このままこのまま。カレの脇の位置をしっかりキープ。
 
「ドアが閉まります、ご注意ください」
 
 このままカレから離れへんでえ。
 
 
 
 急行電車は、この駅を発車したら次の停車駅まで10分くらいは停まらずにそのまま走る。アタシはカレの横顔を至近距離からガン見する。
 
 わあ……、カレ、ホンマにカッコええわあ、サイコーや。もう、ウットリしてまうわ。電車が揺れたときに偶然を装ってカレの手につかまってみようかな?とか考えてしまいそう……。
 
 電車が揺れるやろ、そしたら、「あっ……」とかいって、よろめきながらカレの手につかまろうとするねん。そこで、「だいじょうぶですか!」とかカレが手を差しのべてくれて……。
 
 そっから先は、ムフフな展開になるねん。
 どーや? この計画、カンペキやろ?
 
 
 
※このお話はフィクションです。特定の人物・団体等には一切カンケーないのはモチロンのこと、このお話のモデルではないか?などと想像されるような人など、この世に存在していません。