カナザワ支店のオダ支店長とイシカワ課長代理

 
 カナザワ支店のイシカワ課長代理から電話が入った。なんか面倒臭い相談っぽい。
 
「マエダ商会さんの分割小切手の件なんですけど……」
 
 ほら、やっぱりそうだ。マエダ商会といえば、売掛金の回収が遅延していた先で、主力販売先の「一時的」な業績不振により債権回収が滞ったのを理由に、主力販売先への納入品でもない当社からの仕入代金の支払を止めやがったことのある、フトドキなヤツらだ。
 
 
 
 そのときのマエダ商会の言いぶんがこんなの。まったく、身勝手にも程がある。
 
 
 
「弊社(マエダ商会)主要取引先であるA社が一時的に資金繰りが苦しくなり、弊社への支払が滞っています。しかしながら、A社さまへ納入いたしておりますB商品の仕入先であるB社さまへの仕入代金は期日通りに支払わなくてはなりません」
 
 なるほど、そりゃそーだ。
 
「幸い、××××社(当社)さまから仕入れておりますC商品は売上・回収ともに順調であるため、C商品の売上回収金をもってB社さまへのお支払は可能です。したがいまして、××××社さまへの支払の一部を一時減額させていただき、B社さまへの支払にあてさせていただくことにいたしました」
 
 
 
 え? どーゆーこと?……と、自分のちっこい脳ミソで一生懸命考えた。
 
 
 
 まさかとは思うけど、ウチへの支払なんかよりも、B社への支払を優先するってーのか?
 
 ウチとマエダ商会とは毎月平均300万円くらいの取引があり、支払条件は「月末締め、翌々月末現金払い」となっている。
 
 1月分: 300万円←3月支払
 2月分: 300万円←4月支払
 3月分: 300万円←5月支払
 4月分: 300万円←6月支払
 
 順調に推移していれば、売掛金が回収されるのは2ヶ月後になるから、売掛金の残高は平均600万円程度ということになる。ところが、1ヶ月回収が滞れば売掛金の残高は900万円になり、2ヶ月回収が滞れば1200万円、3ヶ月滞れば1500万円と、売掛金の残高はたちまち膨れ上がってしまう。
 
 さいしょは、3ヶ月間だけ月々100万円の支払として、売掛金に残った200万円×3ヶ月の600万円を200万円ずつ4ヶ月めから3ヶ月間にわたり、毎月の300万円に上乗せした500万円で支払い、6ヶ月で平常の支払に戻すという約束であった。
 
 
 
 ところが、その約束が守られなかったのだ。
 
 
 
 4ヶ月目に、200万円+300万円の500万円が振込みされてくるはずが、入金されたのは100万円だけ。イシカワ主任に確認させると、
 
「5ヶ月目から500万円を4ヶ月支払って、9ヶ月で平常の支払に戻すそうです」と報告してきた。
 
 果たして5ヶ月目は?……入金されたのは100万円だけであった。
 
 このときの売掛金残高は、当初の600万円(=300万円×2ヶ月分)にプラスすること、毎月回収不足となる200万円×5ヶ月分の1000万円の合計1600万円にまで膨れ上がっていた。
 
「6ヶ月目から500万円を6ヶ月支払って、11ヶ月で平常の支払に戻すそうです」
 
「そんなの信用できません」
 
 たまりにたまった売掛金をキレイに解消するまでは、掛売りには一切応じないことにした。現金で前払いしてくれたら、その分だけ商品を納入する。マエダ商会としては、ウチからの商品の供給をストップされることは避けたいはずだ。となると、現金前払いでの仕入れ条件には応じるだろう。
 
 
 
 モンダイは、たまった売掛金1600万円をどう回収するかだ。
 
 
 
 マエダ商会から入手した過去1年くらいの収支状況や今後1年くらいの資金繰り予定を見て、ウチからの毎月の仕入れ代金の支払300万円に上乗せしても、マエダ商会の資金繰りに大きく負担をかけずに支払をつづけられるのは毎月100万円程度だろうと見込んだ。
 
 その100万円を、毎月確実に回収するためにはどうしたらいいだろうか?
 
 支払を先方に任せる振込払いだと、イザとなったときには、「今月は苦しいので……」と逃げられる可能性がある。じっさいに、そうして先送りにされた結果、売掛金残高が通常の2.5倍にまで膨れ上がってしまったではないか。
 
「これを支払わなかったらエライことになる」とか、「会社を潰したくなかったら支払わなくてはならない」と、こちらに優先的に資金を振り向けさせる方法……、そうだ、手形を振り出してもらおう。できれば、社長個人にも裏書してもらって手形の支払を保証してもらおう。というわけで条件提示。
 
 
 
【条件】
 
1.毎月末日を支払期日とする支払金額100万円の約束手形を16枚まとめて振り出す。
 
2.約束手形を全額決済するまでの取引は現金前払いとする。
 
 
 
 もちろん、1回でも返済を滞らせれば期限の利益を喪失し、残額全部をイッキに返済してもらう「期限の利益喪失条項」を盛り込んだ「覚書」を締結するのは当然のこと。
 
 万が一、手形を決済できなければ「不渡り」である。すなわち会社倒産。手形債務は消えないから、裏書人も保証の義務を免れることができない。一生かかっても支払ってもらうか、または破産して身ぐるみ全部を差し出して、それでも足りない分を免除してもらうか、だ。
 
 マエダ商会さんは、
 
「条件は呑みます。ただし、手形の振り出しだけは勘弁してください」と、先付け小切手を16枚を差し出してきた。
 
 小切手には支払期日がない。小切手を提示したときが決済日となるため、手形のように銀行にまとめて預け入れておけば、銀行の方で期日が到来するごとに提示してくれるような便利な仕組みがないので、期日がくるたびに、こっちで毎回1枚ずつ提示しなければならなくて面倒なのだが、相手が決済できなければ「不渡り」になるのは手形と同じ。
 
 仮に、先方が「ちょっと今月は待ってもらえませんか?」などと言ってきたとしても、聞こえない振りして毎月淡々と機械的に提示して決済させてしまえばよいのだから、ある意味強制力がある。というわけで、預っていた小切手の残りが2枚、残金200万円まで、やっと漕ぎつけたところへの相談の電話である。
 
 
 
    *   *   *
 
 
 
「マエダ商会さんの分割小切手の残りの2枚なんですけど、あれ、今月末に2枚まとめて決済できますかね?」
 
「待ってくれっていうんじゃなくて、決済を早めてくれとでも言ってきた?」
 
「そうなんです、先ほど『2回分まとめて支払いたい』と、マエダ商会の社長さんから電話があったんです」
 
「今月末に残り2枚の小切手を、まとめて決済させることは、銀行に提示すれば可能なことだけど、この電話でそれを受けることはできないね」
 
「ダメなんですか?」
 
「ダメっていうか、キミとボクとのふたりの電話の会話だけで、先方と交わした覚書に反することを勝手にやっちゃマズイだろ? だいいち、キミは上司のオダ支店長は、この話を知っているのか?」
 
「まだ言ってません」
 
「もしね……、こんなことはないとは思うけど、残りの小切手2枚を決済したあとで、先方から『どうして覚書に反して前倒しで小切手を決済させた?』なんてクレームつけられたりしないとも限らない。電話の会話を録音してたりなんてことはしていないだろ?」
 
「はい」
 
「それじゃあ、先方からの依頼があったかどうかの証拠がないってことになる。それに、キミの上司のオダさんも『聞いてない』とか言って責任逃れをしないとも限らない。そうなっちゃったら、誰もキミを守れない。もちろん、小切手を実際に決済させたボクだってそれなりに責任を追及されることになる」
 
「はい」
 
「だからさ、先方の社長から、『残り2枚の小切手を今月いちどに決済してください』という依頼を書面でもらってくれないか?」
 
「はい」
 
「そのうえで、先方からの依頼に基づき、カナザワ支店のオダ支店長の名前で『残り2枚の小切手を今月いちどに決済してください』と経理部あてに、書面で依頼してください」
 
「わかりました。さっそく手配します」
 
 
 
    *   *   *
 
 
 
 今朝、カナザワ支店のオダ支店長からメールが届いた。
 
 ちょっとたまげた。というかガッカリした。
 
 なぜって? そりゃ、読んでみりゃわかる。
 
 
 

                  • -

 
経理
キタガワ次長殿
 
おはようございます。カナザワ支店のオダです。

さて、マエダ商会から報告がありました。
お手数ですが、ご確認をお願いします。

以上、取り急ぎ転送まで。

          • Original Message -----

From: イシカワ
To: オダ支店長
Subject: Fwd: 買掛金分割支払いの一括入金の件


> オダ支店長殿
>
> お疲れ様です。イシカワです。
>
> マエダ商会から以下メールがきました。
>
> ------------------------
>
>
> ××××株式会社
> カナザワ支店 
> イシカワ課長代理様
>
> いつもお世話になります。
>
> 買掛金分割支払いの一括入金の件
>
> 残り2回(10月・11月)の支払いとなりましたが
> 10月末日での一括入金処理をお願い致します。
>
>  10月分:1,000,000円
>  11月分:1,000,000円
> 合計金額:2,000,000円(10月末処理金額)
>
> この度は、買掛金分割支払いの件でご迷惑を
> おかけし誠に申し訳ございませんでした。
> 今後とも一層の経営改善をしてまいりますので
> ご協力のほど宜しくお願い致します。
>
>
>                      以上
>
> ========================
> マエダ商会株式会社
> 代表取締役 マエダトシヤ
> ========================

                  • -

 
 
 
 このメールを読んだ私は、いったい何をどう「ご確認」すりゃいいの?
 
 ひととおり読んで、「誤字はなかったみたいです」とでも返事すればいいのか?
 
 それに何だよ? 「取り急ぎ転送まで」ってのは?
 
 マエダ商会の社長が、イシカワ課長代理宛てに「残り2回分の小切手をまとめて決済してください」って言ってきたってことはわかった。そのメールが、イシカワ課長代理からオダ支店長に転送され、オダ支店長から経理部に宛てて転送されてきたってこともわかった。伝言ゲームは正しく伝わってきたぞ。
 
 で、カンジンのカナザワ支店っていうか、オダ支店長は、どーしたいの?
 
 マエダ商会の社長の頼みを聞くつもりがあるの? それとも聞かないつもりなの?
 
 経理にどーして欲しいの?
 
 
 
 そこらへんを、ハッキリと意思表示してもらわないと、こっちとしても、どーにも動きようがないんですけど?
 
 
 
 ということで、オダ支店長に宛てて、こんなメールを打ってみた。
 
 

                  • -

 
 
カナザワ支店
オダ支店長様
 
 
お世話になります。経理部のキタガワです。
 
マエダ商会様から残金一括繰上返済の申し入れがあったことは
転送していただいたメールで確認しました。
 
経理部では、先方の依頼を受けたカナザワ支店からの依頼を受けて、
残り2回分の残金を一括での入金処理に向けて準備開始いたします。
 
 
ところで、
 
 
本件にかんして、今後は、だいたい以下の感じで進めたいと思います。
オダ支店長様にはよろしくご協力くださいますようお願いいたします。
 
 
1.マエダ商会からカナザワ支店に「残金を一括で支払いたい」と申入れ ←今ココ
   ↓
2.カナザワ支店はその申入れを、受ける/受けない?
   ↓
 “受ける” / “受けない” →終了
   ↓
3.カナザワ支店から経理部宛てに「残金を一括で入金して下さい」と依頼 ←※必須
   ↓
4.経理部はその依頼を、受ける/受けない?
   ↓
 “受ける” / “受けない” →終了
   ↓
5.経理部はマエダ商会から預っている残り2枚の小切手を銀行に入金 →決済
 
 
いちおう、残りの小切手2枚を銀行に持ち込んで決済するという
ゴールは設定できました。
 
あとは、社内事務手続き上必要な形式を整えればカンペキです。
 
 
ここで、経理部からオダ支店長様にお願いです。
 
オダ支店長様から経理部のハネダ部長あてに、
以下の内容の依頼をしてください。
   ↓
「カナザワ支店は、マエダ商会様からの申入れを受け入れたいので、
 残り2回分の小切手2枚を10月に一括で入金してください」
 
 
この依頼があってはじめて経理部は動くことができます。
(オダ支店長様からの依頼なしには動けません)

よろしくお願いいたします。
 

                  • -

 
 
 
 そう、本件を芝居にたとえるならば、主役としてステージの中央に立っているのは、カナザワ支店の支店長のアンタなんだよ、オダさん。
 
 主役のアンタが、しっかり自分の役割を演じてくれなくちゃ、芝居が続けらんないんだよ。頼むぜ、オダさん。
 
 
 
※このお話はフィクションです。実在の人物・団体等には一切カンケーないはずです。(笑)