昨日のタテイシさん

  
「すみませ〜ん、ダイアリー余ってませんか?」
 
 
 
 顔を上げると、総務部のタテイシさんがデスクの横に立っていた。
 
 
 
「ダイアリー?」
 
「はい、営業の方で数が足りなくなったそうです」
 
 
 
 年末年始のこの時季に、取引先への手土産として、社名入りのカレンダーや手帳などをもって行ったりするのだが、ダイアリーというのは手帳をB5サイズに拡大したものだと考えれば理解しやすいだろう。
 
 わが社で用意しているのは、月めくりのカレンダーと手帳とダイアリーの3種類。ちなみに、挙げた順番は単価の安い順。3つの中ではダイアリーが一番上等だという位置づけ。
 
 10月のうちに、各部では関係先へのお届けものとしてのカレンダーや手帳やダイアリー、それぞれの必要数を総務部に申請することになっている。

 
 わが経理部も、取引のある銀行、監査法人、税理士などにあてて必要部数を申請し、割り当てを受けているのだが、昨年、今年と、経費削減名目に2年連続で我々経理部への配布されるダイアリーの割り当て数は3割ずつ減らされてきた。今年のダイアリーの割り当て数は、一昨年に比べると半減してしまっている。
 
 が、そうして減らされた数の中でも、アタマを使って工夫して何とかやりくりして凌いでいるのが実情だ。
 
 
 
「もしかして、数が足りなくなったからこっちへよこせってゆーこと?」
 
「はい、足りなくなっちゃったので、余っているのがあったら譲ってほしいそうです」
 
「余ってねーよ。ってゆーか、もともと数を減らされてんだから、余ってるワケがない」
 
「でも、足りなくて困っているみたいなんですよねえ」
 
「で? 営業から、アンタんとこに、余りを集めて譲ってくれって言ってきたわけ?」
 
「そーなんですよお」
 
「数が少ないのは最初から判ってたコトじゃん? 今さら何を言ってんの?……ってゆーか、営業って、数もロクに数えらんないのか?って感じだナ」
 
「ひどぉおおい、あはは……」
 
 
 
 ふと、ギモンに思ったことを口にしてみた。
 
 
 
「ところで、いったん総務部が各部への配布数を決めて、それも、数を減らして割り当てたはずのものを、もういちど取り上げようとしているように感じるんだけどさ、それって、総務部が正式に決定したことなの?」
 
「はい?」(←どーゆー意味だか理解できなかったらしい)
 
「前回、総務部が数を決めて配ってくれたんだけど、そのとき配った数を変更するから差し出せって、総務部が言ってるの?」
 
「総務部のタテイシとして言っています」
 
「そう? じゃあ、オレとしては、今回の総務部の決定には不服だとクレームをつけさせてもらおう。アンタの上司であるヒグチ次長に言うよ、なぜ何の相談も通知もなくアンタをダイアリーの回収こさせたんだ?ってね」
 
「どうしてですか?」
 
「総務部が決めたんだろ?営業部で足りなくなったから返せと。それでアンタをここへよこした。経理部は総務部のそういうやり方に対して不服を申し立てたい」
 
「どういうことですか?」
 
「ひとつ、いったん決定したことを、何の前触れもなく変更したこと」
 
「…………」
 
「ふたつ、何の前触れもなく変更したうえに、予告もなく回収にきたこと」
 
「…………」
 
「……の前に、総務部が、本当にそんな決定をしたのか確かめたい」
 
 
 
 タテイシさんは、なんだかワナワナしているように見えた。
 
 
 
「アタシがウソをついているとでもおっしゃりたいのですか?」
 
「さあね、ただ、ヒグチさんに、タテイシさんがダイアリーの回収にきたけど、いくつ渡せばいい?って聞くだけ」
 
「アタシはただ、営業が困っているってきいたから……」
 
「あれ? 上司のヒグチ次長から命じられてココへきたんじゃないの?」
 
「営業が困ってるんだから、助けてあげたっていいじゃないですか!」
 
「困ってるんだったら、営業が直接ここへ頼みにくればいいことじゃないか。なんでわざわざアンタがくるわけ?」
 
「それは総務として……」
 
「総務部の業務なのか?」
 
「だから、総務として……」
 
「総務部で正式に決定したのか?」
 
「アタシは総務として……」
 
「総務部の、誰の指示で、回収にきたんだよ?」
 
「誰の指示も受けてません!」
 
 
 
 やけにテンションが高いタテイシさん。
 
 
 
「てことは、タテイシさん個人が、経理部に対してモノを言ってるってことだよな?」
 
「もちろんです」
 
「それじゃあ、経理部の見解を述べる」
 
「…………」
 
 
 
 タテイシさんの目を見据えたまま、静かに言葉を放つ。
 
 
 
「アンタの話にゃ付き合えねえ」
 
「…………」
 
「では、今回のことについては、何も聞かなかったことにする。経理部はダイアリーを差し出さないし、総務部にクレームもつけない、それでいいかな?」
 
「…………」
 
「ん? もう、用は済んだろ? 行っていいよ」
 
「もう結構です! 頼みません!」
 
 
 
 昨日、こんなことがあったせいか、今日、タテイシさんは会社を休んでいます。
 
 
 
※このお話はフィクションです。実在の人物・団体等には一切カンケーないはずです。(笑)
 
 
■参考リンク
タテイシさん | 塩化メチルロザニリン
タテイシさんの暴走 | 塩化メチルロザニリン