裏でこっそりバックマージン、もらってんじゃねーの?

 
 人は、偉くなれば偉くなるほど公私混同するようになるというが、それは、高い地位にある人ほど「私」を「公」のために供するようになるからで、「私」が「公」に近づいていくということである。だからこそ周囲の人の尊敬を集めるのだ。逆に、「公」を「私」のために利するヤツは――
 
 
 
「急な話ですみません、振込みを1件お願いしたいのですが」
 
 総務部の次長さんが、私の席にやってきた。
 
「どうしました?」
 
「週明けに、永年勤続表彰があるのですが、商品券を用意することになりまして」
 
「来週の月曜日、てことは、金曜日のうちに現物を用意しなければなりませんね」
 
「はい、その商品券代の100万円なんですが」
 
「今月末の支払でよろしいんでしたら、締め切りまで、じゅうぶん余裕がありますよ」
 
「それがですね……」
 
「もしかして、現金引き換えとか? 金曜日にご用意しておけばよろしいんですね」
 
「いえ、前金を振り込んでいただきたいんですよ」
 
「前金を振込みで? ネットで買ったんですか?」
 
「いいえ、J社さんに注文したら、請求書を送ってよこしたんです」
 
「そこに、振込み指定がされていたんですね?」
 
「そうなんですよ、その指定日が、なんと明日」
 
「えええっ? 今日の明日で振り込めって、J社のヤロー、なに考えてるんだよ?って感じですね」
 
「まったく、そのとおり、申し訳ないんですが、お願いできますか?」
 
「で、商品券は、J社が金曜日に持ってきてくれるんですか?」
 
「いいえ、郵送です。請求書に、“送料”って書いてある」
 
「うっそでしょ? J社っつったら、ウチの出張でしょっちゅう使ってるとこじゃないですか、ウチはお得意様のはずですよ、ったく、年間いくら使ってると思ってるんだか……、そのお得意様から『金曜の夕方までに商品券100万円分持ってこい』って言われたら、喜んですぐに飛んで来いよ!ってなもんでしょう? 『代金は月末のお振込みで結構です』とかなんとか言って」
 
「そうくるだろうと思ってたら、なんと前金請求してきやがって」
 
「フザけてますよ、売掛金の入金消しこみ見てますけど、J社ってウチの顧客でもなんでもないですよ、ただの出入りの業者です、なのに、なんでそんなに気を遣わなくちゃならないんですか? 切っちゃいましょうよ、そんなとこ」
 
「ナガサワさんとのカラミがあるから、そう簡単には切れないんですよ」
 
 
 
 ナガサワさんというのは、当社のエライさんのひとりで、営業部門の総元締めだったりする。
 
 
 
「そんなこと言ってるからナメられてるんじゃないですか」
 
「ナガサワさんだけじゃなくて、営業部の出張の手配のほとんどをJ社に頼んでるみたいですし」
 
「旅行の手配といえば、去年の社員旅行のときに他の代理店との相見積りを取って、他社の方が安かったからそっちに決めようとしたら、ナガサワさんから『J社を使え』って電話がかかってきてJ社に決めさせられたんだとか幹事が言ってましたよね」
 
「言ってた、言ってた」
 
「あれ? そういえば、今日、ナガサワさんの年末の交際費の精算書が回ってきてましたけど、ナガサワさんたら、J社を接待してましたよ」
 
「マジですか?」
 
「そうそう、これこれ」
 
「どれどれ?」
 
「えーと、なになに……、J社の法人営業部T氏が忘年会に招待してくれた謝礼として二次会……って、何だこれ? 何でJ社なんか接待してるわけ?」
 
「ったく、どっちが客なんだか」
 
「J社が、○○システムの導入を検討しているという情報入手とか書いてありますよ、ってことは、見込み客?」
 
「じゃあ、○○システム営業を担当してるサトー部長にお知らせしときますか? 商談ありますよって、どうせウソに決まってるでしょうけど」
 
「それにしても、なんで出入りの業者を接待しなきゃなんないんすか?」
 
「J社には、いろいろ無理をきいてもらったりして、世話になってるからだとか」
 
「旅行の手配なんか、ヤツらの本業じゃないですか、多少の無理があっても何とかするのが仕事でしょうに、そのためにカネを払ってるワケでしょ?」
 
「ナガサワさん個人も、家族旅行とかで会社にJ社を呼んでいろいろ面倒みてもらってるらしいですから、そっちの関係もあるんじゃないですか?」
 
「だったら、そんなの会社のカネじゃなくて、自分のポケットマネーでやれよと言いたいですね、会社としてではなく、ナガサワ個人としてやれよ、と」
 
「公私混同すんな、と」
 
「公私混同つっても、ベクトルが逆を向いてますよね、『エライ人ほど公私混同する』といいますけど、それは“私”が“公”に近づいていくことであって、ナガサワさんのやってることは……」
 
 
 
――下衆だ。
 
 
 
※このお話はフィクションです。実在の人物、団体等には、一切カンケーないはずです。(笑)