まわしてまわしてまわしてまわーすー♪

 
 Aさん(××部の部長)宛てに、取引先であるZ社のYさんから問合せのメールがきた。メールの宛先には、CCでBさん(△△室の室長)も含まれていた。メールにはエクセルのファイルが添付されていた。
 
 メールの内容は以下の通り。
 

                                      • -

 
【件名】
 お問合せ
 
【本文】
 A部長殿(CC: B室長殿)
 
 いつもお世話になっております。
 Z社のYです。
 
 教えていただきたいことがあります。
 添付のファイルに数値をご入力ください。
 
 以上、よろしくお願いいたします。
 

                                      • -

 
 添付されているエクセルファイルの該当箇所にホニャララの数値を入力し、Z社のYさんに宛てて返送することによって問合せに回答せよ、というのが今回のAさんに課せられたミッションらしい。
 
 Aさんには「ホニャララの数値」というのが何だか分からないので回答できない。そこで、CCされていたBさんに相談することにした。
 
「Bさん、どうしたらいいでしょうか?」
「Cさん(○○部の部長)に頼んだらいいんじゃないですか?」
「じゃあ、Bさんの方からCさんに頼んでもらえますか?」
「え? 私からですか?」
「お願いします」
 
 Aさんは、自分が主導権をとって何かをするということが、とことん苦手な人なのだ。
 
 Aさんから頼まれたBさんは、Z社のYさんからのメールをCさんに転送した。転送メールにはBさんによる本文が1文字たりとも書き込まれていなかった。おそらく、そこには見えない文字で、
 
「よしなに」と書かれていたに違いない。
 
 
 
 Cさんがメールの着信に気づいたのは、あともう10分もすれば18時になろうという頃、何となくメールチェックをしたときだった。メールの送信時刻を見ると、そこには「14:20」と表示されていた。
 
「いったい何だろう?」
 
 メールのヘッダ情報を見れば、Bさん→Cさんへとメールが転送されてきたことぐらいはわかる。しかし、BさんからCさんへ宛てたメッセージが1文字たりとも書かれていないので、何を思ってBさんがメールを寄こしたのか、Cさんにはさっぱり見当がつかない。てゆーか、そういう頼みごとをするのなら、ひとこと言ってくれればいいのに……と、気持ちに少々イラッとくるものを感じていた。一日に何度も喫煙室で顔を合わせているではないか。
 
 しかたがないので転送された元のメールに目を通すと、Z社のYさんがAさんに宛てて「ホニャララの数値を教えてください」と依頼してきた(らしい)ことが読みとれた。
 
「添付されてきたエクセルファイルにホニャララの見積り数値を入力すればいいのか」
 
 Cさんが添付されていたエクセルファイルを開こうとしたところ、ファイルは開けず、代わりにこんなメッセージを読まされることになった。
 
「パスワードを入力してください」
 
 すでに退社時刻を5分ほど過ぎていたので、BさんもAさんも、ふたりのどちらも内線電話には出なかった。
 
 
 
 翌朝、Bさんからファイルを開くパスワードを聞き出したCさんは、直属の部下である課長のDさんを自席に呼び、Bさんから転送されてきたメールの本文と添付されてきたエクセルファイルを紙に印刷したものを2枚並べて示し、Dさんに命じた。
 
「この表の空欄にホニャララの数値を書き込んでくれ」
「承知しました」
 
 
 
 しばらくたって、ホニャララの見積り数値を書き込み終えたDさんは、数字を埋めた用紙を持ってCさんの席へ近づき、Cさんに声をかけた。
  
「ホニャララの数値です。これはC部長にお返しします」
「あ、それはZ社のYさんに送っといてくれ」
「Z社のYさんにですか?」
「うん、それから、CCでBさんにも送っといてくれ」
「私から直接Z社に送っちゃって、いいんですか?」
「マズいのか?」
「Z社さんから依頼を受けたのはAさんですから、Aさんから回答するのがよろしいかと」
「どうせアイツ(←Aさんのこと)は何にも分からないヤツなんだから、Aなんか放っとけ」
 
 
 
 たしかに、Aさんはボンクラかもしれない。しかし、いちおうはZ社さんとの窓口役を仰せつかるべき役目を割り当てられたポジションに就かされているのだから、ここはAさんを立てるというか、筋目を通しておいた方がよさそうな気がするんだけどな……と、Dさんは考えていた。
 
 ここで、自分が「上司であるCさんの命令だから」といってZ社のYさんに直接メールで回答すると、わが社の信用はどーなる?
 
「あの会社、ウチの問合せをタライ回しにしやがった」と思うのではないか?
 
 そうでなくても、窓口役になっているAさんの対応に「あれ?」と思わされたことが幾度かあるはずだから、Aさんが、ちょっとやそっとのボンクラではないことぐらい既にお見通し、というか織り込み済みのはず。いくらボンクラだからといっても、そこまであからさまに窓口役のAさんのことを蔑ろにしていたのでは、
 
「あの会社、組織としての指揮系統が崩壊しているのか?」とも思われかねない。
 
 
 
 せめて、ボンクラのAさんが使えないなら使えないなりに、そこは、たとえばBさんからZ社のYさん宛てに、
 
「お問合せの件につきましては、○○部の課長のDから回答いたします」と、根回しぐらいしておけばいいのに……。
 
 
 
※このお話はフィクションです。実在の人物・団体等には、一切カンケーないはずです。(笑)