そんな接待、カッコわるいよ。

 
「あれ? この領収書、カードで支払ってんじゃん、なんで現金での精算を請求してくるわけ?」
 
考えるよりも先に内線をかけていた。
 
「ああ、ウチダくん? ちょっと経理まで来てくんない? キミの接待交際費精算で、ちょっと確認したいことがある」
 
 受話器の向こうのウチダくんは、「今ちょっと忙しくて……」とか、何かそんな感じに返事したというか、少々面倒くさそうな雰囲気を醸しだしていた。10年早えーんだよ。入社してまだ7年めぐらいの、30歳にもなっていないワカゾーがノーガキたれてんじゃねーっつーの。
 
「今すぐ来てくんない? なにぃ? 今すぐって言ったら今すぐだよ……、ごちゃごちゃ言ってねーですぐ来い!」
 
 
 
 ウチダくんの接待精算書には、わりかし高層のビルが立ち並ぶ東京タワーのお膝元にあっては珍しく、広い敷地面積を贅沢に使った広大な庭と、ほとんど平屋づくりだけの建物が自慢の某有名店の領収書が添付されていた。記載されている金額は12万円。
 
 接待先は、これまた某有名企業グループの小規模ながらも社長さま副社長さま専務さまの大幹部3名さまの揃い踏み。対するわが社も負けじとナガサワ社長とコニシ取締役営業本部長と入社7年目のウチダくんの3名。両社あわせて合計6名、領収書に12万円と書かれているということは、割り勘でなければ(←当社のオゴリということ)、ひとりあたり2万円の接待だったということだ。
 
 この接待、実施前日のウチダくんの仮払申請により現金で9万円を持ち出していた。持ち出した仮払金の9万円で接待できればよかったのだが、じっさいには12万円使ってしまったので、これでは3万円が不足する。というわけでウチダくんは不足する3万円の追加払いを請求してきたのだ。
 
 
 
接待費の不足額として3万円を現金で追加払いしてくれっていうキミの申請が、どーも腑に落ちないんだけど?」
 
「現金で9万円を持っていったんですが、じっさいには12万円かかったので、3万円足りなくなっちゃったんです」
 
「9万円の予算に対して12万円使ったから、3万円超過したっていうのはわかる、でもさ、領収書にはカードで支払ったって書いてあるよな? ってことは、現金9万円がまるまる余っただろ? 返してくんない?」
 
「たしかにカードで払いましたけど、3万円足りないんですよ」
 
「何それ? 意味わかんない」
 
 
 
 ナガサワさんとコニシさんには会社名義の法人カードを持たせている。このふたりが一緒にいる接待の会計をカードで支払ったってことは、当然、ふたりのうちのどっちかの法人カードを使ったんじゃねーのか? てゆーか、そーゆーときのために法人カードを持たせているんだぞ、何でカード払いなのに現金が足りないとかいうわけ?
 
 
 
「じつは、ボクのカードなんです」
 
「はあ? ナガサワさんもコニシさんも、法人カードを忘れてきたってことか?」
 
「そんなことではないと思いますけど……」
 
「じゃあ、なんでキミみたいな下っ端が自分のカードで払ったりしたんだよ?」
 
「おふたりとも話が盛り上がっていて……」
 
「会計のことを言えなかったってのか?」
 
「はい……」
 
「アホか? 段取り悪すぎだろ、それ」
 
「すいません……」
 
「そういうときは、お店に協力してもらうとか何とかできそうなもんだろうがよ、トイレに行くフリでも何でもしてさ、会計のときにツケにしといてもらえるように話つけとけよ」
 
「すいません……」
 
「そんな程度の機転も利かせられない下っ端社員のクセに、キミが個人のカードで立替払いしちゃうなんてさ、ウチの会社は社員にそういうことをさせて平気な会社だって思われちゃうだろ? ダッセー会社だって笑われてるぞ、ってゆーか、まわりから軽く見られるんだよ、そうなったら恥をかくのは社長だぞ、わかってんのか?」
 
「すいません……」
 
「なんだよ、さっきから、すいませんばっかりじゃないか」
 
「すいません……、あっ、はい……」
 
「キミさ、そういうことを誰からも教えてもらってないのか?」
 
「はい……、すいません……」
 
 
 
 1年間に、ひとりで接待交際費を700万円〜800万円も使うナガサワさんだって、最低でも月に2回程度、しょっちゅう通ってツケが利くはずの銀座の店で、なぜか毎回のように現金で会計を済ませてくるひとだもんな。ある意味しょうがないといえば、しょうがないのかもしれない。
 
 何がスマートで、何がダサいのか……、そういう「イロハのイ」みたいなことを、ウチの会社の営業マンたちは、誰も知らずにいるんだな……。
 
 
 
※このお話はフィクションです。実在の人物・団体等には一切カンケーないはずです。(笑)