エイプリルフールまでまだひと月もあるのに、もうハロウィンの話ですか?

 
 今朝、都営オーエド線ネリマ駅からギロッポン方面行き電車に乗ったのは、だいたい8時7〜8分頃だったと思う。
 
 ふだんよりもチョイ混みめの電車の、空きが1つか2つしかない吊革の1つを何とか確保すると間もなく電車は走り出す。目の前の座席に座っている人や両隣の人を観察するでもなくボンヤリと窓の外を流れていくトンネルの壁を眺めていた。
 
 トンネル内部の黒っぽいコンクリートの壁を、窓枠に沿ってくり抜いたように車内の明かりが四角く照らしていた。窓の外わずか1メートルくらいのところを音も無く白いシーツが電車にぴったりと寄り添って壁を這っていく。
 
 走り出して2〜3分ほどで、電車は次の新エゴタ駅に到着した。
 
 ホームを背にした窓の景色が、それまで見えていたコンクリート壁から白いタイルの壁に変わる。電車がスピードを落としていく。窓のすぐ外を流れていくタイルの目地がハッキリと見えるようになり、速度はゼロに。停止。背後でドアが開く。同時に車内の照明が消えた。エアコンの送風も止まった。しばらくして車内放送の声。
  
「車内点検を行なっています、今しばらくお待ちください」
 
 車内点検をするために照明を消したのか、照明が消えたから車内点検をすることにしたのかどっちなんだ?つーか、照明を消しちゃったら車内点検なんかできねえだろ、ってことは照明が消えたから車内点検をすることにしたっぽいな……、などと考えていたのだが、どうも車内車外の動きが伝わってこない。というか、わからない。
 
 照明が消えているのは電車の中だけではなかった。ホームの照明も7割くらい消えていて、聞こえてくるのは薄暗いホームの上をあっちへ走ったりこっちへ走ったりする駅員さんのバタバタした足音だけ。5分ほどすると、今度はホームに流れる構内放送の声が聞こえてきた。
 
「ただいまオーエド線は停電のため全線で運転を見合わせています」
  
 このとき、脳裏に浮かんだのは、TOKIO電力の電気料金値上げに対し、「コスト削減の努力が十分かどうか検証できない」として異議を唱え、「情報開示が不十分のままでは値上げは受け入れられない」と拒否したTOKIO都のイノセ副知事の顔だった。つづいて、ある考えが私の頭を支配しはじめた。
 
 この停電はTOKIO電力によるイヤガラセだ。イノセ副知事に恥をかかされたことへの復讐なのだ。きっとそうにちがいない、と。
 
 
 
 正面の窓ガラスの向こうには白いタイルの壁しかないが、そのガラスの表面には、照明が消えた車内に群れをなして立っている暗い人影を通り越して、背後の、薄暗く明かりの灯るホームの景色が映り込んでいた。
 
 ガラスに映っている黒い影の塊の中に、ボンヤリと白く浮かんでいるように見えるものがあることに気づいたのはそんなときだ。暗闇に白く浮かんでいるように見える輪郭のぼやけたそれは人の顔だった。ケータイの液晶画面の明かりに照らされた顔。顔。顔。それがポツンポツンといくつもあった。それらの顔は、こんなふうに語りかけているように見えた。
 
 
 
「セーフティーバーは、私がおろす」
 
 
 
※このお話は実話にもとづいて再構成されたフィクションです。実在の人物・団体・ホーンテッドマンション等には、いっさいカンケーないはずです。(笑)